陥れる理由。


おはようございます。

 

吉民整骨院院長の西海晃斗です。

 

 

では・・・

 


人が人を陥れる理由。

大半は、相手の何かが気に食わないのです。

 

他人の何かが気に食わない事は当たり前の事であり、ここに着目してては人格が疑われてしまう。気に食わないというのは何か、それは自分の価値観でしか物事を観てないという事なのです。そして、その人の心の中に、大きな傷がある事が読み取れるのです。

人間一人一人にある、限界とニーズが解ってると自分の価値観でしか物事を判断することは無くなります。だが、極論である、気に入る、気に食わない、ここだけでの極めて自己中心的、身勝手な考えで陥れられたら、大変な事です。兵法を学んでれば解りますが、確実な防衛策をとる事です。

自分の価値観、偏見、これだけで他人を陥れる行為も、どの世代でもいまだに続いてるように思う。陥れられた人間が悪い、騙された人間が悪い、いじめられた人間が悪い・・・一部だと思いたいが、このような風潮があるのは事実です。

犯罪等の刑事罰を受けるようなものは、裁判で刑が明らかになる訳だが、一般社会に於いて他人を陥れる行為についての考え方は、非常に曖昧だと思う。

何度も言うが、権威者が権力を使い、その人間の価値観だけで他人を陥れる行為は極めて悪質な行為なのです。

基本的に相手の陥れる行為に対して、自分も陥れる行為を続けてると、それは本当、本質の解決には繋がらない。陥れる行為の連鎖でしかない。そしてそれは永遠に続き、子孫にまで悪影響を及ぼしてしまう行為でもあるのです。

人間関係には上下は存在しない。

だが他人に上下関係を強く求めてしまうと、陥れる行為に発展してしまう。

人間と人間との付き合いでは、尊敬、尊重、感謝、愛、慈愛・・・

このような事が必要だと思う。

このような事が念頭にあれば他人を陥れたり、罠にかける必要は全くないのです。

上下関係を求めるということは、そのような人間は平行線が解らないのです。

人間関係の平行線、三角形の縮図が解らないのです。

自分と自分の関係と他者との関係が他者からの自分の関係が解らないのです。

本来は陥れる人間、いじめる人間が何かに恐れ、怯え、妄想の中で生きてしまい、自分軸で入れないから、自分を守るために、そのような行為に及ぶのです。

ですから、可哀想で憐れな人でもあると言えます。

本来、救われるべき人間はこのような陥れる人間なのかもしれない。

そして、そこには幼少期、思春期の同性の親との関係が大きく関係してる。

ここを知らなければ、今世ではなく来世まで持ち越すことになるのでしょう。